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REPORT
先輩のSTARTING LINE -第2回- 一つのシンボルから始まった被災地でのリノベーション事業

渡邊 享子さん(合同会社巻組 代表社員)

図9

『先輩のSTARTING LINE』は、自分らしい生き方・働き方の実践者たちが、どのようにはじめの一歩を踏み出し、トライ&エラーを重ね、今に至るのかに迫った連載シリーズです。

段階を踏んで、前進してきた“先輩方”のエッセンスが凝縮された内容となっていますので、「いつかやってみたい」を「いまやっている」に変えていきたい、「やりたいことが見つからない、まとまらない」、「やりたいことを本当にやって良いのか?」、そんな疑問に対するヒントを得てもらえたらと思います。

第2回は、合同会社巻組 代表社員の渡邊 享子さんの記事となります。ぜひご覧ください。

※本連載シリーズは、TOKYO STARTUP GATEWAYビジネススクール連続講座 「スタトラ」 の中で行われたコンテンツ「先輩訪問」のレポート記事となります。


ボランティアから始まった被災地でのリノベーション事業

―まずは自己紹介をお願いします。

今日はパーソナルなところを話してほしいというご要望がありました。どうして私がこの事業に取り組んでいるかというところを含めて話せたらなと思います。私は宮城県石巻市で地域の不動産付加価値の向上というところを目的にしながらリノベーションをやっております。場所を作るときそれを使う“人”が一番大事だよなということで場所を作る人を育てながら場づくりをしています。

こうしたことに取り組むようになった契機は、2011年の3月11日の東日本大震災でした。当時私は大学院1年生の春休みの最中でした。当初は都市計画の大学院にまちづくりをやりたいという夢を持ち進学したんですけど、せっかく大学院行ったんだから良い会社に行ければ良いよなぁという気持ちにだんだんと変化していきました 。そんな中3月11日に震災がおきて、就職活動が全部ストップしたんですよね。なので考える時間ができて、「就職活動がストップしたならそんなに全体の流れに合わせて就職を考える必要は無いな」 と思うようになりました。研究室にいた私はメンバーと一緒に被災地に出かけて行きました。そこで一番最初に行ったのが震源に一番近く震災当時最も大きな被害を受けた街と言われていた宮城県石巻市だったんです。

震災当時人口16万人ぐらいだった石巻に、1年間になんとボランティアが28万人も来たんですよね。私もその一人だった訳なんですけど、そうした人たちがボランティアを何度もやっていく内に、だんだんと石巻を好きになって、事業を立ち上げて継続的に石巻と関わりたいという方が2012年以降に沢山現れたんですね。けど石巻みたいな田舎の町では、若い世代がよそからやってきて住むということをあまり想定されていなくて、単身者向けの賃貸住宅がすごく少ないんですよ。さらに全壊家屋が22000戸で22000世帯が住む家を失ったように、被災された方でも家がない中でこういう人たちが住む所って本当に無くって。なのでそうした若い人たちが普通に住めるような住宅を作りたいということで事業を始めました。家が少なかったからという理由でシェアハウスから始めたんですけど、私たちが取り組んでいるリノベーションやシェアハウス事業を継続していくには、やっぱり不動産需要を作り続けないと仕事がなくなってしまう訳なんですよね。なので最初ボランティアで来てくれた若者のように、何かやってみたいと思い石巻に来て事業を始める人たちを増やすことを目指した人材育成の事業も色々始めるようになりました。そう考えていくと移住、起業支援と建築不動産事業って表裏一体で、事業が育ち場所が必要になり家が必要になり、 リノベーションして作っていく、といったサイクルをとにかく回すことがすごく重要なのかなと思っています。

建坪率ギリギリの建築物で構成されたつまらない街ではない、築 5,60年で立地も恵まれていない様な未利用不動産をリノベーションして、不動産付加価値の高い地域作りをやっている訳ですけど、そうしたやばい物件ほどやばい人、面白い人が入ってくるんですね。 アーティストや起業家、学生といった自己発信的な変わった人達が我々のシェアハウスに住んでくれていることが多いです。こういう人達って信用力がないからなかなか不動産屋さんから紹介を受けられないので、我々が不動産屋さんから借上げてシェアすることで彼らが住みやすいといった効果も生まれています。既製品だらけで安く施工するのではなく、アイデアで安く施工して信用代行をしても っと面白い人に繋げて行きましょうというのがうちの商売です。

図10

日常的に支えてくれていた価値観の壊れやすさを実感

―良い企業に就職しようとしているところから、石巻に行って事業をやろうと思った原点を詳しく伺いたいです。

石巻に行ったのは完全に震災ですよね。それで就活が一端ストッ プして。今大学生って考える時間が無さすぎじゃないかなと思うんですよね。バイト、授業や就職活動がすごい速さで始まるじゃないですか。先を考えていく必要性に駆られる中で、収入とか安定性とかで考えちゃいがちなんですけど、震災が起きた時にそういうものって何の助けにもならないんじゃないかと思ったんですよね。電車は簡単に止まるし、牛乳がどんどん売り切れたりするし、日常的に支えてくれてた価値観ってこんなに簡単に壊れちゃうものなのだなと一つ自分の中で大きい転機になっています。そうした中で大変なことが起きているのだったら、私にも何かやることがあるんじゃないのかなと思い、石巻に行ったんですよ。そこでは石巻の人たちが、行政を待っている場合ではなく自分たちで立て直さなければならないという思いで必死になって活動しているんですよね。そういう姿を見てすごくリアルに感じた場面が私の原点ですね。

毎日がしくじってばかり

―初めのステップを踏むにあたりどういったアクションから始められましたか?

皆様がどういうフレームで何から始めるかは分からないんですけど、例えばそれをある程度ビジネスにしようとした場合は、誰に届けたいかといったペルソナの様なものが必要なんですよね。その場合、私はせっかく人口が減少している街に若い人が沢山集まっているのに、家がないからという理由で帰っちゃうのがもったいないなと思ったんですよ。サービスを届けたい相手がいるのかということがまず非常に重要なポイントで、そこをぶらさずにやっていけるのかというのがファーストステップだと思いますね。私は最初に家がなくて困っているボランティアの方を集めてワークショップをやったりしました。「シェアハウスに興味ありませんか?」というのをやったら2,30人集まって、今宿舎に鮨詰めで辛いんですといった人、広い石巻で活動するために家が欲しいという人の話を聞く中で、これはやらねばと思うようになりました。セカンドステップとしては仲間を3人集めるということですね。同じ方向に向かっていく仲間が3人いると初めて回るというか。一人でできることって限界があって私は何のスキルもないんですけど、やはり建築とかデザインとかできる仲間が集まってきてようやく形になった部分もあったんですよね。

―失敗談もお伺いしてもよろしいですか?

毎日がしくじってばっかりなんですよね。今も上手くいってるかと聞かれると分からないです。最初に家を直した時は本当に手探りでやったんで、お客さんのニーズに会わない部分もあり、本当に謝ってばかりでした。予算の中でお客さんの要望に応えるのも難しかったです。クリエイター二人と私で仕事をしていたのですが、私は謝るのが仕事みたいな感じで。寒波の影響であちこちで水道管が破裂したとか、明日引き渡し予定なのにガスが動きませんでしたとかが多くて。うまくいくはずが無いというベースで始めるのがまずは重要ということが分かりましたね。まずはうまくいくことを諦めるというような感じですかね。

儲からなくても良いから形を作りたかった

<以下質疑応答>

Q:実際に今事業としてやられている中で、どのように資金を集められたのか気になります。

うちの会社って資本金10万円から始めているんですけど、そんな規模でもやれるんですよね。一番最初にやった物件は、取り壊そうとしていた中で、「買い手がいるので壊さないでください」という話を私が大家さんにして、何とか残してもらいました。その時は必ず家賃収入に上乗せして返す約束を大家さんとして30万円を貸してもらって、その額でできることをして直しましたね。やはり何とかして最初のお客さんからお金をもらって作るというのがあって初めてやっていくのかなと。思わぬ資金繰りにもなりますし。まあ大抵の方は貯金するんでしょうけれど私その時貯金も無かったんですよね(笑)。

Q:同じ課題意識を持った仲間の皆さんを集めたのですか?

そうですね。実際最初はだましだましでした。「君、建築得意なんでしょ?じゃあ私全然できないから手伝ってよ」みたいな、その程度ですよね。だからそこまで「ミッションを同じにして一 緒の方向に一生向かっていこう!」という感じではなくて。最初に集まった3人は現時点で全員入れ替わっちゃってます。でも本当に同じ志で集まった二人が事業を続けるみたいなこともなくはないんですけど、意外と辞めてく離れてくみたいなことに心の免疫をつけることが非常に重要で。だましだましでも良いから引っ張ってくるみたいな強引さは結構大切ですよね。

Q:最初からビジネスにしようとされていたのですか?

ビジネスとまではいかなくても儲けなくても良いから形を作りたい思いがありましたね。最初30万円で直したのも全然儲からないですし、施工もほぼ材料費だけですよ。それに家賃を上乗せして返しても、それは大家さんの資産運用をしたに過ぎなくて、それは自分のサービスではないじゃないですか。でもその一個をやっているかいないかの差はすごい大きくて。食べていけるという風に思い会社にできたのは始めて3年後、会社として回るようになったのは3年後。ここ7年で形になってきたのでスピード感としては非常に遅かったですし、まさか自分もこれで食べていけるとは思ってなかったです。

IMG_9963

ミッションやビジョンよりまずはシンボルを作る

Q:自分はある要素を持った人が繋がる場の形成を目指しているのですが、やりたいことを簡単に提示できるものがあるとやはり強 いですよね。

そうですね。私はETIC.さんの社会起業塾というところから事業を始めている訳なんですけど、そこで師匠が言っていたのは「ミッションやビジョンよりシンボルを作れ」ということですね。まず自分のサービスを象徴する形を一個作ると。私の場合はとにか く最初の一軒というのが何が何でもシンボルだった訳ですよね。自分が何をやりたいのかが言語化できてなくても伝えることがで
きる訳でして。例えば特定の場、コミュニティを作りたいのであれば、やはりコミュニティって物件のようなハードよりもリスク を低くして作れるので、そういう会を一回開いてみたら良いんですよね。私は学生とプロジェクトをやることも多いですけど、「 とにかく思っていることがあるのだったらそれ友達とやってみたら良いじゃん」とよく話します。それがその人のシンボルになっ てサービスへと発展していくと感じるので。友達の集まりでも何でも良いので。開くのであるとするならば、実際に開いた会の様 子を写真や動画といった形で発信できるシンボルとして残しておくのが良いですよ。そのシンボルを100人くらい見ていれば一人 くらいピンとくる人がいたりして。さらにそのシンボルを通して自分の事業の中に大事なことを他人がニーズとして発見してくれ ることも多かったりしますね。

上手くいくまでやり続けることが必要

あと失敗したとしても、結局ヒットするまで試行錯誤しながらやり続け、「成功させる」まで試し続けることも重要になりますね。取り組む内容が大事だと思うのであれば、ヒットするまで撃ち続けるしかない。さらに撃ち続けるうちに諦めがつくのであれ ば、じゃあ私にとって大事じゃなかったんだと思えるはずですし。やる前から考えちゃうとどうしようもないんで、まずはなんでも良いから形にしないと分かんないですね。一般的な起業プログラムだと、「お前の軸はなんだ」「一番大事にしているものはなんだ」と問われ続けるんですけど、それが全てじゃないと思うので。私はお前が大事にしていることは何だと問われ続けた結果、「何もな い」という結論に一度辿り着きました。でも「こういうサービスやって欲しい」といった頼まれごとが結構多くて、それを打ち返している間にだんだんと事業が広がっていったんですよね。なので誰からも必要とされていなかったらやめれば良いくらいのつもりでいけば良いし、別に必要とされてないことを自分のサービスにするのであれば必要とされる形になるまで撃ち続けるしかないと思います。

―最後に参加者の皆さんへエール、メッセージをお願いします。

やりたいことがあるんだったら、とりあえずやってみることが必要ですね。考え始めると止まらないんで。結構「自分が大事なことは何か?」「成功するのか失敗するのか?」と問われることがあるんですが、やってシンボルがないことにはどうとも評価はされないので。こういうのって成功するモデルというのがある訳ではなくて、うまくいくまでやり続けることが必要だと思うんですよ。まずトライしてうまくいかせるっていうところにいかに自分がいけるか。そのうまくいかせる過程において、もう良いかなと思えばそれで良いと思いますし。意外と簡単なんでやることは。 簡単にできることで良いので何かアクションに繋げてもらえればというふうに、偉そうなんですけど思います。

そして皆さん、ぜひ石巻に来て下さい!

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PROFILE

渡邊 享子さん(合同会社巻組 代表社員)

1987年埼玉県出身。東京工業大学大学院社会工学専攻修了(工学修士) 。2011年大学院在学中に宮城県石巻市へ移住。2012年日本学術振興会特別研究員、2013年一般社団法人ISHINOMAKI2.0理事就任を経て、2015年合同会社巻組代表社員。1年間でのべ28万人もの災害ボランティアを受け入れた同市で、支援活動にあたる若者向けの賃貸住宅が不足している実態に直面し、被災した空き家の改修、情報提供、シェアハウスの企画運営等の活動を始める。2016年、こうした活動が評価され、日本都市計画学会計画設計賞を受賞。地方都市から世界に誇れるサービスづくりにむけ日々奮闘中。2016年より東北芸術工科大学コミュニティデザイン学科講師着任。

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